同志社学生混声合唱団CCDは戦後間もない昭和22(1947)年、故森本芳雄先生の呼びかけにより、日本で最初の学生混声合唱団として創設されました。以来半世紀以上、キリスト教音楽をメインレパートリーとして活動を続けています。

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OB・OG会の歴史、それは試行錯誤の積み重ねだ
 文責:神垣
準備段階
1986年秋
 1986年秋、CCDリ・ユニオンの席上での60塩路兄の発言でその気運は動き出した。その発言の要旨は「翌年に迎えるCCD創立40周年に向けて、大イベントを開催するにあたり、現役から卒団生全員に呼びかけるにしても、その数は優に千名を越え、大変な負担になる。卒団生は年々増え続け、必要となる事務作業や通信費用の負担は現役の手に余るであろう。今こそ、それらの負担を肩代わりして現役の音楽活動を支援できるOBOG組織を作ろうではないか。」

 このタイムリーな正論に対し、同席していたOBOGは全員が賛同し、さっそく有志による会合が重ねられた。この時期の参加者(49長島兄、56渡辺兄、60吉田兄、60塩路兄、61塩路姉、61関原姉、66門田兄、門田姉、73遠山兄、79勝山兄、83神垣)がキイメンとなり今後の活動のメンバーとなる。

 1987.2月と5月に各卒団年度の代表者が集まり、学年代表者を「世話人」キイメンを「常任世話人」として、OBOG会の発足に向けた準備作業を開始する。その後世話人を「理事」と改称し、理事に選ばれて会の運営にあたるものを「幹事」と呼ぶことになる。

*記憶と記録を辿りつつ書いております。 
抜け、誤りがございましたらご指摘ください。
   
1987.9.20 創立40周年記念レセプション(参加者約320名)/京都松ヶ崎会館(現キャピタルイン京都)
1987.11.5 「ザ・フレンドシップサークル」紙の創刊
1988.12.17 新島記念講堂献堂記念オール同志社第九コンサート(小林研一郎指揮)/京都会館(東京サントリーホール)/105名参加750万円寄付
 

*1988第九コンサート参加の東京地区メンバ−が中心となり「同志社混声<東京>」結成。1992.12に上野奏楽堂にて単独演奏会を開催、現在に至る。

*1989.6 「CCD土曜に歌う会」活動開始、在版メンバーで愛唱歌を中心に気軽に歌い続ける。練習場を大フィル会館に移し、指揮者に65高橋兄を迎え本格活動開始、以降同志社混声<シャンテ>と改称する。

1990.6.24 早同交歓会第30回記念レセプション(参加者245名)/キャピタルイン京都
  *創立45周年記念事業として、委嘱曲「ゆく路は遥か」を元同志社女子高校長の野村芳雄先生に依頼、1992.7に完成。また新愛唱歌の募集、詞5篇に21篇の曲応募があり、最優秀曲に「合唱(うた)にありがとう」(詞:73遠山兄、曲:64卒水田姉の次女英里さん)が決定。
1992.11.01 創立45周年記念レセプション(参加者約400名)/ギャラクシーホール
1993.8.21 第一回ちゃんと話そう会/新町練習場
1994.1-2月 「話そう会」の波紋収拾、林・榎本両先生に陳謝
1994.10.22 CCD土曜に歌う会、初ステージ/長岡京記念文化会館
1994.12.2 第42回定演、榎本先生が直接タクトを本山先生にゆずられた最後のステージ。
1995.1.17 阪神大震災
1995.4.16 榎本利彦先生、八重子先生、小室先生、坂上先生、山口先生らご勇退に感謝の謝恩会(OBOG81名、現役48名、記念品参加94名)/岡崎ホテルサンフラワー
1995.6.18 早同交歓会第35回記念パーティー(早混OBOG約130名CCDOBOG約30名と早同の現役団員参加)/東京晴海ホテル浦島
1996.2.12 CCD顧問鴛淵紹子先生退任、謝恩パーティー/京都ロイヤルホテル
  *創立50周年記念事業として「50周年記念誌」の作成と「記念コンサート」の開催を決定。
1997.11.9 創立50周年記念レセプション(参加者約xxx名)/京都テルサ
1998.3.1 創立50周年記念コンサート「モーツァルト レクイエム」(林達次指揮、参加者約250名)/シンフォニーホール

2000.6.17

40回記念早同交歓会 /森ノ宮ピロティホール

2000.11.18 同志社創立125周年記念全同志社合唱祭 /京都コンサートホール
2001.4.01 新指揮者灘井誠先生就任(この年度のみ)
2001.11.10 森本芳雄先生召天50周年追悼記念会 /栄光館チャペル
2002.11.3 創立55周年記念レセプション(参加者約219名)/京都テルサ
2002.11.17 創立55周年記念スペシャルコンサート『ドイツレクイエム』 /京都コンサートホール
2002.12.01 CCD第50回定期演奏会
2003.5.08 名誉音楽顧問榎本利彦先生ご逝去(享年71才)
2003.7.21 榎本利彦先生追悼式 /新島会館
2003.9.15 林逹次指揮『ドイツレクイエム』最後の演奏 /すみだトリフォニー
2003.12.06 名誉音楽顧問林達次先生ご逝去 (同日CCD第51回定期演奏会)
2004.7.03 林達次先生を偲ぶ会 /コープイン京都
2004.10.10 同志社グリークラブ100周年
2005.5.5 *創立60周年記念事業として記念コンサート「ヴェルディ レクイエム」の開催を役員会決定。
2005.1.22 会員最終アンケートで記念コンサート「ヴェルディ レクイエム」の開催を決定。
 
結成
第一期
1987年春

会長:49長島兄 幹事長:60吉田兄

 秋のOB・OG会発足と40周年記念レセプションの準備に総動員で取り組む。OBOGの所在確認、名簿作成、レセプション会場確保、レセプションの企画案、会の規約立案など、会議を何度も繰り返し作り上げた。全て未経験の作業であったが、過去にあったグリークラブのOB会結成の顛末(会費制度、組織作り)を参考にして慎重に議論を積み上げていった。

 特に会費については「終身会費制」を採ったグリークラブOB会が財政破綻し、会費の追加徴収をおこなった際に大きな問題に発展した経緯を参考に、「徴収作業が大変でも年会費を集め続けるしかない」という結論に至った。幹事会(殊に会計担当)の苦労は想像に難くないが、この努力を続けないと先人の轍を踏んでしまう、という悲壮な決意のもと年会費二千円の制度が決議された。会計担当の60塩路兄はこの憎まれ役を買って出られ、会創成期の財政基盤を作り上げた功労者と言っても過言ではない。

(この頃の詳細な記憶が無い、塩路兄、吉田兄、門田兄、門田姉にお話を聞くのが良いような気がします)

 
第二期
1992年春
会長:50岡本兄 幹事長:64小川兄

 会創設から5年目の大イベント「45周年記念レセプション」に向けた準備作業も佳境であった。単なるパーティーではなく「歌と関わるCCD」らしい企画を盛り込んだ。それが「委嘱曲」発表と「愛唱曲募集」であった。どちらも45周年レセプションで披露され、5年前とは一皮むけたOB・OG会の独自色が発揮された。

 この間、大阪と東京に会員を中心とする合唱団が生まれそれぞれが活発に活動し、特に京都から遠く離れた東京での活動は遠方のOBOGの賑わいに頼もしさを感じたものでした。

 一方で、漏れ聞いていた現役内部にある不安(問題)に一肌脱ごうと、積極的に現役側に接触する中で思いもよらぬ波紋をおこすことになる。その翌年いっぱいで榎本先生は常任指揮者を退かれた。当時、公にし難い個別事情を全て飲み込み、汚れ役を引き受けて収拾にあたった者の一人として、事の顛末を近日中にはっきりさせたいと思う。

 
第三期
1997年春
会長:60吉田兄 幹事長:69村井兄

 会創設から10年。50周年記念という大きな節目を迎えるにつき、「50周年記念誌」の作成と「記念コンサート」の開催という壮大な事業を決定。どちらも未経験の作業を積み重ねることになる。記念誌は各学年単位でページを作ってもらい、それ以外の特集ページは担当毎に執筆ということに。記念コンサートは林達次先生指揮「モーツァルト レクイエム」、事業規模一千万円超のイベントとなり、多くのOBOGが全国から集まりシンフォニーホールを感動で包み込んだ。

 計画当初「そんな大変な事できるのかな?」と思っていた事が全て実現できた。この経験と自信が以降の周年事業のベースとなる。

 ところが次の55周年記念コンサートの計画段階で一波乱発生。この事も後日明文化したいと思っています。

 
第四期
2002年春

会長:60吉田兄 幹事長:74北川兄

 55周年記念事業として「シャンテ<スタンダード>」を作成、現役にも10年分を贈呈し、レセプションではお披露目も兼ね、たっぷりと歌う時間を用意しました。しかし、50周年時に比べるとOBOGの参加者数も141名と少なく、この点が幹事会としての反省でした。その理由は、50周年記念レセプションからわずか5年でのイベントには若干の飽きもある事と、「ドイツレクイエム」の本番を2週間後に控えるという日程計画、の二つが考えられました。もちろん、検討を重ねた上での決定であり、このときの反省を次回の60周年で「活かす」事が幹事会の使命となりました。

 「ドイツレクイエム」演奏後の打ち上げで実感したのは「私たちは歌う集団だ」ということです。「レセプションの不発に比してコンサートの充実感の差は何だろうか」「ハイレヴェルのコンサートにこそOBOGの参加意欲をかき立てる魅力があるのではないか」あくまでも私見ですが、60周年記念事業の最大のテーマはこれだと確信しました。

 55周年記念事業を無事終えたのもつかの間、2003年の5月の役員会の直後に前常任指揮者の榎本利彦先生の急逝をお聞きました。そこから関係各位との調整をすすめて7月に偲ぶ会を開催しました。未体験の準備作業に心身ともに悲鳴を上げる数ヶ月でしたが、さらに12月のCCD定演の朝にはなんと名誉音楽顧問の林達次先生を亡くしてしまいました。林先生の偲ぶ会開催までは時間も経験もあり、準備万端整えて迎える事ができました。

 従来から周年事業の翌年は幹事会は骨休みする年なのに、かつてない激動の一年を終える頃、60周年記念事業の準備作業に踏み出しました。

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